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24時間テレビのマラソン歴代ランナーでリタイアしたのは誰?車移動などのやらせはある?

24時間テレビのマラソン歴代ランナーでリタイアしたのは誰?車移動などのやらせはある?

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2021年8月21日(土)~8月22日(日)に「24時間テレビ44」が放送されます。

今回のテーマは「想い~世界は、きっと変わる。」となっており、昨年に引き続き東京の両国国技館から無観客で行われる予定です。

この記事では、24時間テレビのマラソン歴代ランナーでリタイアをしたのは誰なのかに関してまとめていきたいと思います。

また、24時間テレビのマラソン企画は車移動などのやらせ疑惑も囁かれていますね。

その辺りの事も併せてまとめていきたいと思います。

それでは、歴代ランナーでリタイアをしたのは誰なのか、車移動などのやらせ疑惑に関して見ていきましょう!

 


24時間テレビのマラソン歴代ランナーでリタイアしたのは誰?

ここでは、24時間テレビのマラソン歴代ランナーでリタイアをしたのは誰なのか?についてまとめていきます。

基本的に、24時間テレビでは毎年マラソンランナーは最終的にゴールをしていると思います。

その中でリタイアをした人はいたのでしょうか?

実はたった一人だけ居たようなのです。

その人物は一体誰だったのか、早速見ていきましょう。

 

リタイアとなった唯一のランナー

24時間テレビのマラソン企画は1992年の第15回目から始まりました。

今年で29年目を迎える24時間テレビのマラソン企画ですが、この歴史の中でリタイアとなった唯一のランナーがいます。

それは、なんと栄えある第1回目のランナーである「間寛平」さんでした。

寛平さんが24時間テレビで目標とした走行距離は「200キロ」です。

しかしながら、「153キロ」地点で無念のリタイアとなっているのですね。

寛平さんは最終的に休憩所でダウンしてしまい、その時点で番組放送時間内にゴールできる距離に到達していなかった、という事でリタイアとなってしまいました。

「すんません・・」と泣きながら謝る寛平さんの姿が、当時の視聴者の間では印象的だったと言われています。

そもそも当時、この24時間テレビのマラソン企画を持ち込んだのは間寛平さんとそのマネージャーだったと言われていますね。

当初、10分間の番組出演依頼を受けていたところ、10分と言わず、24時間走らせようか?とマネージャーの方が発言したのがきっかけなのだとか。

このように、マラソン企画の発案者と言っても過言ではない寛平さんですので、リタイアとなった時の無念さは想像以上のものだったのではないでしょうか。

 

リタイアした本当の理由

当時の番組の報道では、寛平さんがリタイアしたのは体力的な問題と時間内のゴールが困難である、ということが主な理由でした。

ですが、実は他に本当の理由があったとも言われているのですね。

それは、事前にマラソンの出発地や走行ルートを公開していたため、応援を含めた人が殺到してしまったようなのです。

そして、沿道にも人があふれ出してしまい、交通の妨げにもなってしまうとして、あえなく企画自体続行することが不可能になった、というのが大方の理由です。

マラソン企画自体が第1回目の試みだったので、想定外の出来事だったのではないでしょうか?

そのため、次の年以降のマラソン企画は事前に出発地点や走行ルートは「原則非公開」とするようになったようですね。

 

リタイアがきっかけで生まれたもの

間寛平さんのリタイアがきっかけで生まれたものもあるようです。

一つは、事前に出発地点や走行ルートは「原則非公開」にするという、企画続行のための対策・体制の構築ですね。

もう一つは、無念のリタイアとなった寛平さんの翌年以降のマラソン企画に対するリベンジ精神です。

以下に寛平さんの24時間テレビのマラソン企画の結果をまとめました。

間寛平さんのマラソン履歴
  • 1992年(24時間テレビ15) マラソンランナー 間寛平 153キロ リタイア
  • 1993年(24時間テレビ16) マラソンランナー 間寛平 200キロ 完走
  • 1995年(24時間テレビ18) マラソンランナー 間寛平 600キロ 完走

リタイアをした翌年の1993年は、同じ目標走行距離である200キロを無事完走しています。

そしてその翌々年、阪神淡路大震災が発生した年ですね。

被災地の方々や日本を元気づけよう、ということで、神戸ー東京間の600キロを7日間かけて完走しています。

恐らくですが、練習期間も含めると寛平さんはこの4年の間に1000キロ以上の距離を走ったのではないでしょうか?

1992年の第1回目のマラソン企画で失敗した経験が、その後の寛平さんのマラソン魂に火を付けた結果ですね。

24時間テレビのマラソン企画では、600キロの走行距離や日数は歴代1位です。

今後も、この記録は塗り替えられることはないでしょう。

 

24時間テレビのマラソン歴代ランナーで車移動などのやらせはある?

基本的には、リタイアをしたのは第1回目のマラソン企画での間寛平さんしかおらず、第2回目以降の走者は全員最後のゴールまで完走しています。

しかしながら、いくつかの不可思議な出来事が起こった回もあるようで、やらせ疑惑も囁かれているようですね。

ここでは、24時間テレビのマラソン歴代ランナーにおいて、車移動などのやらせはあるのかどうか、紹介していきたいと思います。

 

エンディング時間ピッタリに武道館ゴール

24時間テレビのマラソン企画においては、花形企画ということもあり、マラソンランナーは番組のエンディングに合わせてゴールするように設定されています。

この、番組のエンディングに合わせる時間調整がそもそも怪しいという話ですね。

毎回そんなにピッタリとエンディングの時にゴールできるように時間調整ができるでしょうか?

まさか24時間マラソンのリハーサルを何回も行い、入念なテストを行っているとも思えません。

毎年のようにやらせ疑惑が持ち上がるのは、このような出来過ぎたゴールの時間調整があるからではないでしょうか?

しかしながら、今までのやらせ疑惑というのは、実際にランナーを追跡したりしている人が証拠となるデータを公表することで収まっているようです。

考えてみると24時間以内に100キロ近い距離を走るワケですから、仮にそこに多少の時間調整などのやらせがあったとしても、致し方ないのではないかとも考えられますね。

毎年のようにやらせ疑惑が浮上する24時間テレビのマラソン企画ですが、それも一つの風物詩として楽しむと良いのではないでしょうか。

 

やらせ疑惑のある歴代ランナー 一覧

ここでは、歴代ランナーの中からやらせ疑惑のある方々を一覧でまとめてみました。

開催年 ランナー 疑惑
1994年(第17回) ダチョウ倶楽部 ビートたけしが「ダチョウ俱楽部は車で移動したと言っていた」と暴露
2002年(第25回) 西村和美 残り30キロの走行距離が1時間後に10キロになっていた(1時間で20キロ!?)
2010年(第33回) はるな愛 85キロの挑戦だったが、実際の走行距離は65キロだった(スタート地点から並走した人の発言)
2011年(第34回) 徳光和夫 70歳の高齢で63キロに挑戦。見事なまでの時間調整でエンディングにゴール(過去、急性心筋梗塞で緊急入院していた身)
2012年(第35回) 佐々木・北斗(ファミリー) ゴール前2キロ地点で、数歩進んだだけで2キロ→1.4キロの距離に変化。(映像の不手際と言われている)
2013年(第36回) 大島美幸(森三中) スタート地点とゴールの距離をデジタルマップで計算。88キロの予定が48キロだった。

もし仮にやらせを行っていた場合ですが、近年のインターネットの発展はSNSの流行などにより、簡単に暴かれてしまう可能性大ですね(笑

こういった注目のされ方をしてしまうと、下手をすると24時間テレビのマラソン企画に参加しようとする方が減ってしまう危険性もあるのではないでしょうか。

 


24時間テレビのマラソン歴代ランナーでリタイアしたのは誰?車移動などのやらせはある・まとめ

いかがだったでしょうか?

今回は、24時間テレビのマラソン歴代ランナーでリタイアをしたことがあるのは誰なのか、車移動やなどのやらせ疑惑についてまとめてきました。

24時間テレビのマラソン歴代ランナーで唯一リタイアをしたのは「間寛平」さんでしたね。

彼はその後リベンジに奮起し、以降の年でとてつもない距離を走破しています。

車移動などのやらせ疑惑については、確信はないものの、これは黒だろ!という内容も結構ありましたね(笑

ネットやSNSが普及した今の時代だと、安易なやらせは簡単に暴かれてしまうので、興ざめにならないようにやらせは無しでお願いしたいです。